『一箱騒動』紹介&試し読み

一箱古本市で起きる騒動をコミカルに描いた短編小説です。右の本です↓
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Q,一箱古本市ってなあに?
A,本好きの人たちが箱に本を詰めて売るお祭りだよ。とっても楽しいので、ぜひ参加してみてね。


キャラ紹介のコ~ナ~

スイ〈sui books〉
山形店長のネットストーカー。山形店長が会場にやって来るのを今か今かと待っている。

ナラ〈ナラ文庫〉
スイの隣で出店したのが運の尽き。山形店長とは知り合いのようだが……?

パンダさん〈パンダ屋〉
パンダグッズを売っている。全体的におおらかな雰囲気。ナラくんと仲良し。

山形店長
一箱古本市会場の近くで本屋を経営している。誰からも好かれている人格者。今日は会場に顔を出す予定らしい。


試し読みのコ~ナ~

ナラ
 目の前に並んでいる本が半分ほどに減っている。うしろに置いてあるキャリーバッグから、『鋼鉄都市』や『くじ』などの海外ミステリを何冊か取り出し、箱に詰めていく。目標としている売り上げには届いていないが、何とか出店料と交通費は取り返せそうだ。
どの本を目立たせようか考えていると、うしろから聞き覚えのある声がした。
「ナラくん、久しぶり! しばらく見ないうちにおでこの面積が広がったんじゃない?」
 とんでもなく失礼な挨拶をしてきたこの女性は、「パンダ屋」という屋号で、手芸本やお手製のグッズを売っている人だ。前に他の一箱古本市で一緒になったときに意気投合し、それから毎回声をかけてくれる。
「元からこの面積です……。パンダさんこそ随分成長されたんじゃないですか」
「そうなんだよ、おかげでカーディガンの前をとめられなくなってね……」
 と言いながら息を吐いた。どうやら今着てるカーディガンは、パンダさんお手製のものらしい。頑張って前をとじようとしているが、面積に対して布が明らかに足りていない。
どう声をかけるべきか迷っていると、パンダさんが何かに気付いたように箱の中を覗いた。
「あれ、ミステリばっかりだね。しかも海外ばっかり。売り上げ重視のナラくんにしては珍しい」
「今はミステリ流行ってるんですよ。この間もNHKでハードボイルドミステリのドラマやってたでしょ」
「あぁ、四十肩って言葉が似合わない人がやってたね。あれは国内だけど。でもそうか、今は売れるのかぁ」
 一箱古本市では、ミステリが売れにくいと言われている。国内ミステリならともかく、海外ミステリになると全く需要が読めない。いつもは需要がありそうな国内ミステリや、ノンフィクションを持ってきているが、今回は開き直って自分が好きな海外ものばかり持ってきた。
 パンダさんは興味深そうに本を眺めている。いつのまにか機嫌が直ったみたいでよかった。そう安堵していると、パンダさんが本に目をやったままふと口を開いた。
「そういえば聞いた? 山形さん来るらしいね」
「へえ店長が?」
 珍しいですねと続けようとしたが、
「山形さんとお知り合いなんですかっ?」
 という怒りと焦りの混じった声に遮られた。

スイ
 何度見ても山形書店のFacebookには、「北部公民館で行われる一箱古本市に、少しだけ顔を出します」と投稿されている。なのに一向に来る気配がない。あと残り一時間もないのに、どこで何をしているのだろうか。今日会えないと意味がないのにと焦っていると、隣から山形さんというキーワードが聞こえてきた。
「山形さんとお知り合いなんですかっ?」
 と半ば叫ぶように言ってから、相手の怪訝そうな顔を見て我に返った。それでも情報源がどうしても気になるので、
「すみません、山形さんが来るってどこでお聞きになったんですか?」
 と諦めずに聞くと、ふっくらとした見た目の女性があっけらかんと答えてくれた。
「本屋に行ったときに直接。午後から来るって言ってたけどね」
「何時頃か分かりますか」
「そこまでは分かんないよ」
 女性は呆れたように言ってから、私の机の上に置いてある看板に目を凝らした。
「えーっと、sui booksさん? あなた山形さんと知り合いなの?」
「スイでいいです。知り合いというか、何回かお店に行ったことがある程度です。知り合い以上顔見知り未満みたいな」
 なぜか二人とも妙な顔をしている。隣にいる男性も、何と返せばいいのだろうかという表情をしている。
 この男性とは開始前に軽く挨拶したはずだけど、全く名前が思い出せない。私が考え込んでいると、目の前の女性は、まぁいいかという表情になった。
「じゃ、そろそろ戻るね。ナラくん、新作まだ残ってるからあとでまた見に来てね」
「あ、はい。あとで行きます」
 そうだ、ナラ文庫さんだ。自分のスペースへ戻るパンダさんを見送ったあと、ナラさんは箱の中を整頓し始めた。
 青い背表紙が目立つ箱を綺麗にし終えると、なぜか私の箱の前に移動してきた。中には『乙女なげやり』や、『しをんのしおり』などが並んでいるが、興味を引くものが何かあるだろうか。買うんだったら早く買え、と念じながら入口の方をまた眺めていると、
「あなたは山形店長のストーカーですか?」
 とナラさんがぶしつけに聞いてきた。初対面相手に失礼にもほどがないだろうか。
「何でそんなことを聞くんですか」
「いや、さっきやけにしつこくパンダさんに店長のことを聞いてたから」
「違いますよ。いきなりそんなことを聞くなんて失礼じゃないですか?」
「……そうですね、すみません。さっきの態度からつい疑ってしまって」
「ファン活動はしてますけどね」
 ナラさんは呆れたように、なんだそれはという顔でこちらを見た。
「……ファン活動って何ですか?」
フェイスブックツイッターとブログを毎日巡回したり、過去ログを遡ったりとかですかね」
「過去のログって……」
ツイッターとかで過去のツイート検索とかしないですか?」
 しないですよと言って黙りこんでしまった。この人は過去のつぶやきを日常的に読んだりスクショしたりしないのかな。
 どこか遠い目をしていたナラさんが、説得するような調子で話しかけてきた。
「知らないだろうけど、店長は結婚してるんですよ。だからネットストーカー紛いの行動は止めてください」
 この人は何を言っているんだろう。


以上です!
『一箱騒動』は、人生で初めて書いた小説を大幅に加筆修正した作品です。一箱古本市でなにが悲しいって、素通りされることなんですよね。そのまま実話ではないんですが、なにくそ!という気持ちがこもっています。いつか一箱古本市のオムニバスを書きたい!


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