こんな宿には死んでも泊まりたくない『宿で死ぬ 旅泊ホラー傑作選』

朝宮運河 編『宿で死ぬ 旅泊ホラー傑作選』
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宿で必ず出てくるものといえば何だろうか。そう、ご飯である。上げ膳据え膳で食事を楽しむことこそ、旅の醍醐味だといえる。宿を舞台にした作品を集めたこのアンソロジーにも、様々なご飯が登場する。なまぐさい山女、狸汁、水っぽいトマトオムレツ。何故だろう、少しも食欲がそそられない。というか、どの作品でも食べ物が美味しそうに描写されていない。
これはどうしてだろうか。一つ思ったのは、食べ物をまずそうに描写すると、不穏な雰囲気を簡単に出せるのではないかということ。逆に、ご飯が美味しそうな描写があると、一気に怖くなってしまう。ホラーに出てくる食べ物は、まずそうに書かれなければならないのだ。
この本で一番美味しくなさそうだなと感じたのは、山白朝子の『湯煙事変』に出てくる料理だ。小石と白髪が交ざった白飯に、泥水のにおいがする味噌汁なんて、私だったら死んでも食べたくない。
そんな絶望のご飯を食べさせられるのは、和泉蝋庵(旅本書き)と、荷物持ち(博打好き)の耳彦だ。ここの宿、飯が最悪なら部屋も最悪なのだ。布団は蚤だらけだし、天井は蜘蛛の巣だらけ。おまけに行灯の油は、どろどろに黒くなっている。近くにある温泉なんて、夜に入れば戻ってこられないという曰く付き。
蝋庵に命令され、渋々温泉に入ることになった耳彦の「おそろしい、けれど湯が心地よいから肩まで入ろう」という、どこかズレてる感想がよかった。怪異を「いつものことだしね」で片付けるくだりもいい。
底本は『エムブリヲ奇譚』という短編集。時代小説とは思えないぐらい読みやすいし、二人の仲が良いんだか悪いんだか分からなさも最高なので、ぜひ手に取ってほしい。ほのぼの奇妙なだけでなく、切なさとえげつなさもあるよ。
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